○○対策になんと×××億円!の怪

上山さんのとこで「厚生労働省ニート対策に231億円」という話。この手の「○○対策に×××億円」ってのは眉唾のものもあるので、割り引いて聞いておくのがいいという話を。ちなみに以下の文章では「ニート」「NEET」の二つの用語を使っているが、違った意味は付与しておらず気分の問題であることを断っておく。
割引くべき理由は二つあって、「節約」と「プレイアップの仕方」の話。節約の件についてはこちらに書いた。要は予算が100億円あっても100億円使えるわけではない、という話。ということで今回はプレイアップの話。
国の予算書というのは非常に難解で、なかなか理解しがたい。これをわかりやすくするために、切り分けて説明するというのは合理的な話だ。この予算はこれこれ関係、あの予算はあれ関係、といったように。予算書に載っている切り分け方としては、例えば平成16年度社会保障関係予算等のポイント(PDF)を見ると分かる。2枚目の総括表の中に、「社会保障関係費」と「恩給関係費」があって、社会保障関係費の下に「生活保護費」「社会福祉費」等が並んでいる。これらの項目は基本的に国会に提出される予算の正式な書類に載っているものだ(なお比較的詳しい予算書の内容は予算書・決算書データベースから見ることができる)。この時点で「社会保障関係費に××兆円!」とするのはわかりやすい。
しかし、予算書で項目分けをしても、結局のところ何につかう金なのかよく分からなかったりする。例えば若年者雇用対策は総合的なものだ。生活保護費・社会保障費・失業対策費等、複数の項目にまたがって予算が付けられる。つまり、予算書上はそれぞれの「○○費」に計上されている。これでは目立たない。だから、「若年者雇用対策」に関連したものを予算書上の区分とは関係なく集計し、ある役所の予算をわかりやすくする。これが先のPDFでいうと4枚目以降だ。若年雇用関係は8枚目の下の部分。
なぜまとめるのか。その方が目立つからだ。新聞に書いてもらえるし、先生方にも理解してもらいやすい。「若年者雇用対策で○○費が××億円、△△費が××億円」なんていうよりも、「若年者雇用対策で×××億円!」と言った方がわかりやすいし、目立つし、「そりゃ重要だ、やれ」という応援団も付きやすい。
当然のことながら、プレイアップするためには「××億円」の部分が大きければ大きいほどよい。その方がインパクトがあるから。だから、少しでも「○○対策」に引っかかるものは予算書からかき集める。「こじつけだなぁ」と思いつつも「まぁ読めないことはないか」ぐらいの感覚で「○○対策」に計上してみたりもする。
さて、「ニート対策」の話。平成17年度予算案は未だ財務省と各省で調整中なので、詳しい資料は公表されていないが、年末にまとまる政府案の予算書の中には、「ニート対策経費」なるものはたぶん載っていない。前述したように、ニート対策はプレイアップの仕方の問題なのだ。
平成17年度厚生労働省所管概算要求の主要事項の中に、若年者を中心とした「人間力」強化の推進という節がある。ここに「NEET」の文字が出てくる。231億円というのは「若者人間力強化プロジェクトの推進」という部分のことだが、この節全体がニートにも関わってくるので、第三節全部足し合わせると718億円にもなる。この718億円は、それぞれの予算としては各「○○費」に入っているものを、若年者雇用対策ということでまとめなおしたものだ。これは厚生労働省だけの数字なので、文部科学省などの予算を加えるともっと大きな額が出る。また、ニート対策費は、何も0円からいきなり231億円に増えたわけではない。従来行っていた施策を「これはニートにも関係ある」ということでラベルを貼りかえただけの予算が半分以上を占める。
なぜNEETなんて単語を厚生労働省は持ち出したのか。うがった見方をすれば、それは流行語であり、しかもちょっと学術的でしかも横文字でかっこいいからだ。海外での研究もあるし。「ひきこもり対策」よりは「NEET対策」の方が圧倒的に世間の受けがいいだろう(もちろん両者は同一ものではないが)。世間にいろいろアピールしなければならない役所としては、流行ものには食いついておく必要がある。また、ひきこもりよりも直接的に「経済」に関わる問題である、若者と労働を直接結びつける概念である、というのも大きいだろう(「国の将来に関わる重要な問題(優秀な労働力の確保)である」=「だから厚生労働省が対策を打つ必要がある」)。逆に言うと、「ひきこもり」は変な色が付きすぎて使えない、とも言える。
マスコミの方も、新聞の見出しに「ニート」というのは新しいもの=ニュースなので、「ニート対策に×××億円!」と書いたりする。
しかし、「そこまで言って委員会」のような反応厚生労働省も考えていて、真正面から「ニート対策」としては売り出さない。若年者雇用対策の裏付けの一つとして「NEET」という単語を使っている。この辺は微妙なさじ加減。


書いているうちになんだかよく分からなくなってきたが、要するに、

  • ○○対策って名前はプレイアップの仕方の問題であることが多い。基本的には「寄せ集め」。
  • ゼロから231億円予算を付けようとしているのではなく、基本的には既存予算にラベルを付けただけ。

ということでした。一点目の話が重点だったのに、だんだんずれてきた…。
念のため書いておくと、厚生労働省NEETという考え方を軽視しているわけではないと思う(むしろ将来に向けて重視しているかも。この辺の「ひきこもり」と「ニート」に対する役所のスタンスの違いが、上山さんの問題意識なんだろう)。勉強しているだろうし、実際に海外先行事例等を踏まえた予算を要求しているだろう。事実、厚生労働省傘下の研究機関、日本労働研究機構(当時)がニートに関する報告書(PDF)を発表したのは2003年3月だ。
それに、政策は漸進的にしか変わらない(インクリメンタリズム)なので、いきなりどんと新規の政策が出てくることはなく、従来の政策を削りながら徐々に出てくるのが通例だ。だからこの「ニート対策」の出現は巨大な政策パラダイム変化への小さな一歩なのかもしれない。
ただしかし、現時点で言えることは、「ニート対策に231億円」という表現はちょっと誇張しすぎ、ということ。

ニート対策231億円!がちょっと誇張、ということのさらなる根拠

経済財政諮問会議資料

若年雇用者対策ってのは実のところ昨年度のホットイシューだった。
http://www.keizai-shimon.go.jp/explain/progress/job/koyou.html#s03
上記は経済財政諮問会議のwebサイト。ここでは、若年雇用者対策はまさに失業対策の一環として位置づけられている。一連の会議で、若者自立・戦略プランが取りまとめられ、このプランを元に平成16年度予算が編成された(うー、あー、まぁいいや)。17年度概算要求についても、このラインは維持されている(はず)。
わずか一年前のプランではあるが、この文書には「ニート」あるいは「NEET」という文字が全く出てこない。なぜかというならば、玄田先生が「1月発行の論壇誌ニートについて論じ」、「今年2月、国会で初めて取り上げられ」(参考:朝日新聞記事)、例の玄田先生の本が出版され(あるいは「働いたら負けかな、と思っている」あの青年(ニート君)がテレビに出演し)、NEETが話題になったのががこのプラン取りまとめよりあとだったからだ。
基本的な政策は本年度から引き続き。だけどNEETの文字追加。NEET自体には積極的な意味がないような気が。

来年度概算要求と、本年度予算に関する厚生労働省資料の比較

先のエントリで来年度予算案に関する厚労省資料にリンクを張ったが、次は昨年度の資料。つまり平成16年度予算案を示す(昨年12月時点。なお予算は政府案のまま可決成立したので、これがそのまま本年度予算の資料)。
http://www.mhlw.go.jp/wp/yosan/yosan/04syokan/syuyou04.html
平成16年度予算案でのタイトルは、

若年者を中心とした人間力の強化

平成17年度概算要求でのタイトルは、

若年者を中心とした「人間力」強化の推進

本年度予算で「強化」したので、来年度はさらに「推進」していくという役人にとっては基本的なレトリックが展開されているところが涙を誘うが、基本的な項目立ては同じだ。同じ項目で、今年は「NEET」の文字が入っているだけ。
さらに。本年度予算で「「若者自立・挑戦プラン」の推進」の項目に入っている事業のうちいくつかが、来年度要求では「若者人間力強化プロジェクトの推進」(いわゆるニート対策)にカウントされている。具体的には「キャリア探索プログラム」や「若年者試行雇用事業」などだ。
これに伴い、計数にも変更が出ている。すなわち、本年度予算資料では「「若者自立・挑戦プラン」の推進」に301億円が充てられていることになっているのに対し、来年度要求資料では、本年度予算は190億円となっている(カッコ書きのところね)。一方、「若者人間力強化プロジェクトの推進」の項目は本年度予算にはなかったのに、来年度要求資料では本年度予算が126億円となっている。これだけでもいわゆる「ニート対策」というのが「寄せ集め」であることが分かる。
それにしても、本年度126億から来年度231億への増加は注目に値する。しかしこの大幅増はNEETのためかというと、必ずしもそうでもない。例えば本年度予算で「「若者自立・挑戦プラン」の推進」に分類されていた「若年者試行雇用事業」だけを見ても、本年度86億円に対し来年度要求109億円。23億円の増加だ。NEETという言葉が流行らず、「若者自立・挑戦プラン」路線のままだったとしても、この増額要求はなされただろう。
というわけで、NEETという概念を重視して新規に要求された予算は、231億円よりかなり少ない、と言える。試しに、来年度要求資料で「若者人間力強化プロジェクトの推進」にカウントされているもののうち、新規のもののみを足し合わせると、44.1億円となる。ま、これだけでも結構な額だが…。ついでに言うと、「新規」とか言いながら、実はサンセット方式で消滅した予算の焼き直しだったりするものも含まれているかも。…かも。

政府のひきこもり関連事業

NEETが国会で初めて論じられたのは今年の2月だが*1、ではひきこもりはどうだろう。
国会会議録検索システムで「引きこもり」を検索すると(ひきこもり、では出てこない)、現代的な意味の「引きこもり」は実に平成5年に出現している(平成5年6月10日 参議院厚生委員会)。しかも、当時の局長によるならば、「引きこもりに関する事業」は平成3年に始まっている。

西山登紀子君 最後に一点お聞きします。

こういう子供たち(引用者注:不登校児、登校拒否児のこと)に対しまして、厚生省が一体何ができるかまた何をしなければならないかという点でございます。私は、九一年七月に起きましたあの風の子学園の事件を忘れることができません。登校拒否をしていた子供が私的施設でコンテナの中に閉じ込められて熱射病で死亡する、殺される、こういう事件が起こったわけです。こういう事件を契機といたしまして私が思いますことは、児童福祉法十三条の五に情緒障害児の短期治療施設が位置づけられております。これも義務設置ではありませんので、厚生省にお聞きしますと、昨年末で全国で十二施設、本年度中に大阪府徳島県で設置予定があるとのことですけれども、それでも全国で十五施設しかありません。もちろん、登校拒否の子供たちに対する対策がこれだけでいいというものではないわけですけれども、この際厚生省としてこの普及が必要ではないか。

この方針をお伺いいたしまして、質問を終わりたいと思います。

○政府委員(清水康之君)(引用者注:厚生省児童家庭局長(当時)) 情緒障害児の短期治療施設につきましては、今御指摘のように大変に大きな問題だということから、家庭や学校での人間関係の影響などによって不登校とかあるいは孤立、不安、そういう児童がだんだん多くなっておりますので、それを入所させ心理治療や生活指導を行う、また学校復帰を可能にしていくというふうなこととして御指摘のとおり法定施設としての児童福祉施設が設けられているわけでございます。今十二カ所という御指摘でしたが、正確には新しく平成四年度中に一カ所できまして十四カ所ありまして、平成五年度中に二カ所新たに設けられることになっておりますので、最終的には十六カ所、約七百六十名ほどの定員が確保される見込みでございます。

先ほど文部省からお話がありましたとおり、登校拒否児というのは、五十日以上の方が五万数千人いるというふうな状態であり、かつ一般的に言うと増加傾向にあるというふうなことでございますので、私どもは、この情緒障害児短期治療施設の機能の充実が非常に望まれているというふうに考えまして、この施設整備を十分進めていくと同時に、実は平成三年度から引きこもり不登校児童対策のためにいわゆる家族療法事業というものを新たに始めております。これは、施設に家族の方とその不登校児童とが一緒に短期間宿泊していろんなカウンセリングを行うというふうな事業でございまして、この事業についての要望といいますか需要が大変多うございますので、これらも充実していきたいというふうに考えているわけでございます。

(後略)

(太字は引用者による)

答弁者が「児童家庭局長」というのも注目に値しよう。
なお、昭和20年以降で検索をかけると、誰それが「病気引きこもり中」という表現が出てくる。初出は昭和24年のことだ。また、昭和49年11月18日の参議院沖縄及び北方問題に関する特別委員会では、基地の騒音のために児童が教室に「引きこもり」という表現が使われている。平成元年3月23日の参議院国民生活に関する調査会では、「引きこもりがちな障害者」として使われている。興味深いことに、「病気引きこもり中」の表現は、昭和44年の衆議院運輸委員会以降ぱったりと使われなくなっている(現代的な意味での引きこもりが注目され言及が増加した平成9年以降はいちいち全てを確認していないが)。
平成5年以降「引きこもり」がどのような文脈で、どのようなニュアンスで言及されてきたかを調べると面白いことが分かりそう。なんだかんだ言っても国会での議論は行政に大きな影響を与える。その国会での論調が、ニートと引きこもりでどう違うのか、というのは研究対象だ。

*1:ちなみに検索すると昨年5月にも「ニート」が論じられているように表示されるが、読んでみるとなんのことはない、「ソニートヨタ」が引っかかっているだけだった(笑)