身分証明書のない社会

日本には、名前と、住所と、「本人」を証明できる、しかも誰にでも使える身分証明書が存在しない。
運転免許証は顔写真入りで、住所と名前が書いてある。だから身分証明書としては非常に有益。しかし、誰にでも持てるものではない。その性質上、ある一定の水準をクリアした者のみに与えられる「免許」だ(まあ原付は簡単だけど)。
パスポートには、住所が書いてない。
健康保険証には、顔写真がない。よって、それを持っている人が、真に保険証記載の人物なのか、本人確認が極めて困難。
住民票?これも顔写真がない。
社員証?証明にならない。例えば財務省の職員証を見せられて、それが本物の職員証だと断言できるか?
こういう情勢下において、こういうことが起きている。

総務省は10日、衆院選としては今回初めて実施されている期日前投票の9日現在の集計(小選挙区)を発表した。8月31日からの投票者総数は全国で672万5122人に上った。有権者の6.5%が9日までに同制度で投票を済ませたことになる。03年の前回衆院選不在者投票者数(669万1355人)を、期日前投票期間を1日残した時点で上回った。総務省は「今回の衆院選への有権者の関心が高いのは確かだ」としている。

まあこれは本来喜ばしいことなんだけど、運用の現場ではこんなことになっている。

今日の夕方、奈良市役所三階へ

 期日前投票

に行ってきた。選挙のハガキを忘れたんだけど、問題なし、というのが非常に怖い。

というのは

 期日前投票の宣誓書(要は申込用紙)に書く個人特定情報は名前と住所だけ

なのだ。

 名前と住所さえ分かっていれば、なりすまし投票が可能

ということになる。別に身分証の提示も求められなかった。

住所と名前なんていうのは、郵便ポストから郵便物を一通拝借してくれば簡単にわかってしまう。同じ性別・同じような年齢の人間が期日前投票に行ったら、このような運用では絶対にばれない。そして、私の聞く限りでは、このような運用は奈良市選管だけではない。
私が昔住んでいた場所はど田舎だったこともあり、投票所で受け付け等をやっている職員は顔見知りだったりする。そういう場所では顕在化しにくい問題だが、都市部ではそうも行くまい(まあ職員とぐるで、ということも可能なわけだけど)。
この「犯罪」はばれにくく、効果が大きい。仮に投票日に不正が発覚したとしても、不正に使われた投票用紙を投票箱から回収することは不可能。日曜日に不正投票が発覚しても、不正に名前を使われた人は投票できないだろうし。できないよねえ、常識的に考えて(期日前投票をした人の、各投票所備え付けの名簿への反映はちゃんとやっているのかな)。都市部では半分以上の人が投票に行かないことから、投票日にばれる確率も半分以下。
そもそもポストの管理がいい加減な人のところからは、簡単に投票所入場券を盗み出すことができる。選挙に関心のなさそうな(=行かなさそうな)人の多い学生街のアパートあたりから盗み出してくれば、ばれる心配も少ない。
となるならば、公的機関が発行した写真付き身分証明書の提示を求めるのが筋。ま、事が行政の枠に収まる投票の問題だったら、解決の方法はある。市役所の住民票を管理しているコンピュータからデータを呼び出しつつ、その場でいろいろ質問すればいい。あなたここに越す前はどこに住んでいましたか?とか(む。これって住民票には書いてないか。また、法的問題はあるだろう)。


実は日本には、公的機関が発行した、写真付きの、住所氏名がわかる身分証明書が存在する。住民基本台帳カードだ。導入の経緯やらセキュリティやら国民総背番号制が云々ということでいまいち普及していないし、これから普及することもなさそうな気がする。しかし、あまりにも「性善説」に立った運用がなされている我が国の「本人確認」が、そのうち破綻を迎えることもあるだろう。そのときには、改めて国民誰もが使える身分証明書が求められるだろう。