『決定の本質』から

この本の中にはいくつも鋭い記述がある。前項に書ききれなかったものをいくつか挙げてみる。いちいち感想や批評を述べたいが、また後日。なお太字は引用者(=私)による。

…情報は末端の提供者から瞬間のうちに組織の上部に達するのではない。組織の長に知らされない情報が「システム内に」存在しうるのである。情報は、組織のハイアラーキーを上に登っていく各段階でふるいにかけられる。それは時間的制約によって、一人の人間が消化しうる情報の量が限定されるからである。上層部が百の国から送られてくる報告…を全て検討することは不可能である。しかし、上司がどの情報に目を通すべきかを決める人が、上司の問題を理解していることはまれである
この十日間の遅延(引用者注:1962年10月前半において、キューバ西端上空を偵察するU2を空軍が運用するかCIAが運用するかで揉めて、なかなか偵察が実行できなかったこと)は、ある種の「失敗」であった。アメリカのもっとも死活的な利益に対する重大な脅威を成す攻撃用ソ連ミサイルがキューバに存在することについて十分に根拠のある疑念があるという状態で、この点について情報を得ることを任務とする組織の間でくだらない論争をするというのは、全く不適切であるように思われる。しかし組織にとってこの問題には、それが誰の仕事であるべきか、という争点が含まれていたのである。この争点がどう解決されるかによって、どの組織がU2型機によるキューバ上空飛行を管理するかが決定されるだけではなかった。それによって全U2型機情報活動の管理という、より大きな争点--これは長年にわたる管轄権紛争の種であった--にも影響が及ぶ。従って、先の遅延はある意味では「失敗」であったが、それはまた二つの事実、すなわち(1)多くの仕事は明確に規定された組織の管轄権にきっちりとはまらないこと、(2)活力のある組織は縄張りを拡大しようとするということ、からほぼ不可避的に生ずる結果でもあったのである。
それとすぐ分かる番号を付けた政府高官の乗用車が国務省やホワイト・ハウスの横に集まっているのに人びとが気づいたのは木曜日になってからであった。ペンタゴン国務省に夜遅くまで明かりがともり、事務室に寝台が持ち込まれ、高官との面会が急にできなくなったことなどは、「危機」が訪れていることを示していた(ペンタゴンのどの建物の何階のどこに明かりがついているかを調べれば、危機がどこで起こっているかが分かったであろう)。
…大統領がしてもらいたいと思っていることは、それを行う相手方の参加者にとって些細なことに思われることはほとんどない。さらに、参加者は、自らの責任に照らして大統領の望むことを判断するのであって、大統領の責任に照らしてそれを判断するのではない
大統領の権力は説得する権力である
大統領は乗馬用の長靴を履いて馬を乗りこなすがごとくに決定を制御するという一般のイメージの裏には、大統領はゴム靴をはいて、乗馬用のあぶみを手に持って、特定の長官や下院議員や上院議員に乗馬させようとしているという、まだ十分に観察されていない現実があるのである。」
…政策作成においては、上から見ると問題は選択である。すなわち、不確実性が除去されるまでいかに選択の自由を保持するか、ということである。横から見ると問題はコミットメントである。すなわち、いかに他のプレイヤーを自分との結託にコミットせしめるか、ということである。下から見上げると問題は自信である。すなわち、なすべきことをなす自信を上司に与えることである。