攻殻機動隊stand alone complex(ネタバレ注意)

友人から攻殻機動隊SACを26話まで一気に借りて一気に見た。というか見終わったのは何日か前のことだったのだが、この文章を推敲しているうちにあれよあれよと日が経っていた。そんなことをしているから日記の更新をする時間がなくなるわけで。超長文注意。
さすが一ヶ月に2話という余裕のあるスケジュールとペイパービューのなせる技、脚本・演出・作画ともにすばらしいクオリティーだった。いまいち「押井攻殻」になじめなかった私だが、これは素直に楽しめた。もちろんエンターテインメントの方向に寄せて作ってあったからだとも思う。
さて、本作品のアニメとしての評価や哲学的解析等は他のサイトでもやっているのではないかと思うので、役人的に一つ考えてみたい(トグサの家のパソコンに侵入してセラノゲノミクスの株を買ったのは誰なのか、その意図は何かという点は非常に気になるが)。


24話において、公安9課をつぶすべく「特殊部隊規制法」が「施行」される。法の内容は不明だが、まぁ「特殊部隊」の持つ武力や行動権限を規制する法律だと理解される。そして建前上公安9課はそれに抵触したため武装解除されることとなったのだろう。
本法において気になる点の第一は、法律そのものではないが、「施行」の読み方である。総理を始め登場人物は「しこう」と読んでいたが、役所的には「せこう」と読むのが正しい(同様に、「施策」は「しさく」ではなく「せさく」)。これは「しこう」だと「施行」だけでなく「試行」等の同音異義語と混乱しないためだと思われる。
役所で法律を作る・改正する際には、様々なレベルでその必要性や法制上の整合性等が審査されるが、もちろん文字の集合体であるため、それが間違っていないか「読み合わせ」をする。ある人間が法律案を読み上げ、何人かで法律案の印刷物を見ながら誤字脱字・用法の誤り等をチェックするのだ。読み合わせを行う際の読み方は独特で、例えば「及び」は「きゅうび」と、「次の」は「じの」と読む。その際「施行」は「せこう」と読まれる。これがあるがために役所界隈では「せこう」と読むのであろう。私も役所に入るまでは「しこう」だとばかり思っていたので、一年生の時はよく係長から注意されたものだ。


気になる点の第二は、本法施行のタイミングである。法律の施行のタイミングは、通常その法律の附則に書いてある。例えば、11日の日記において話題にした「公職選挙法の一部を改正する法律」*1においては、

附 則

 (施行期日)

第一条 この法律は、公布の日から起算して十日を経過した日から施行する。

というように規定されている。この場合、法律が公布されてから10日後に施行される(法律として効力を発揮する)。
また、例えば「保険業法の一部を改正する法律」においては

(施行期日)

第一条 この法律は、公布の日から起算して一月を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。

というように、(一ヶ月を超えない範囲内という縛りがあるが)政令で定める日において施行すると規定している。政令とはわかりやすくいえば法律の一段下の規定で、法律は国会の議決を経なければ成立しないのに対し、政令閣議決定があればよい。決定後は官報に掲載され、官報が発行された時をもって公布されたことになる(あれ?発行だっけ?発送だっけ?官報販売所への配置だっけ?)。
攻殻について言えば、状況から推測するに、特殊部隊規制法は、国会において成立し公布されておきながら施行タイミングがあらかじめ決められておらず(つまり前述保険業法的な「政令で定める日から施行」)、突入と平行して行われたであろう臨時閣議において施行政令が決定され、即日施行されたものと思われる(官報掲載はネット上での告知に変更されているものと思われる)。
さて、この政令が決定された臨時閣議は、荒巻課長が総理に面会したときに行われていた会議のことだろうか。9課を出発する際、課長は内務大臣から「今から臨時閣議に呼ばれている。君も来い」と告げられている。そうすると時間的なことを考えればその会議が臨時閣議であったと考えられる。が、疑問も残る。
なぜなら与党の屋久島幹事長が参加しており、また閣僚の数も少ないからだ。閣議には総理と国務大臣以外は内閣官房副長官内閣法制局長官しか参加できない(参照:首相官邸の内閣制度説明ページ)。幹事長が国務大臣に任命されていたと理解することも可能だが、そうすると普通屋久島さんの呼び方は「屋久島幹事長」ではなく「屋久島大臣」になるはずだ。
また、会議の際出席していた(メインテーブルに座っていた)のは総理の他5人。一人は屋久島幹事長なので残りの4人が閣僚のすべてということになる(官房副長官等は案件が案件だけにいなかったとして)。内務大臣がいるからには外務大臣は当然いるだろう。ストーリーの中で厚生労働省の存在は明らかになっているので、残るポストは後一つ。内閣官房長官がいるとするならば他の大臣は存在しないことになる。しかしいくら何でも内務・外務・厚生労働だけということはないだろう。自衛軍が存在する以上それを統括する役所ぐらいあるはずだ(世界中どの国を見ても国防省的役所がない国はないだろう)。*2 *3
さらに、閣議の場というのはそもそも実質的意志決定には向かない。参加者が多すぎるからだ。特殊部隊規制法という非常にセンシティブな法律について議論するのに、関係者以外の参加は無用だ。
さて、あの会議が臨時閣議でないならば、どう解釈するのが適当か。ふたとおりの考え方があり得る。一つ目は、臨時閣議はあのタイミングでおこなわれていて、あの会議は臨時閣議を休憩にして限定メンバーが招集されたものであるという解釈。二つ目は、内務大臣が単なる臨時会議を臨時閣議と呼び間違えたという解釈である(特殊部隊規制法の施行政令を決定するための臨時閣議は持ち回り*4で開催)。忙しい身の各大臣を待たせておくというのはあり得ないから、後者が正解なのだろう。よって、あの主要メンバーによる臨時会議の終了後に、臨時閣議をやって(持ち回りか?)、特殊部隊規制法の施行日を決める政令を決定したのだろう。


それ以前に、なぜ特殊部隊規制法は施行されていなかったのか(法律の公布時において施行タイミングを決められなかったのか)という疑問がある。いやそれは本法の施行は特殊部隊の反発を招くためうかつに行うとクーデターを起こされかねないとか政治的な理由が考えられるが、だったら法案の審議や、そもそも法案提出を邪魔するはずだ。法案が提出され、国会で長々と議論され(これは議論される法律だろう)、その上で可決成立し、公布できたということは、一連の課程で邪魔が入らずタイミングがよかったということであって、その時に一気に施行してしまわなければタイミングを逸することはわかっていたはず。さてどう解釈するか。
施行タイミングを決定しないことが法案作成時の、あるいは国会議決時の妥協であった可能性がある。法案作成時には当然特殊部隊側も(役所として)参加できる*5ので、そもそもつぶすことが可能だと思うが、そのときの政治状況(世論が特殊部隊規制法案を支持していて、下手につぶそうとするとますます反発を食らって自爆する、とか)のために「廃案」ではなく「施行タイミング」で妥協した、という説。あるいは特殊部隊側が手練手管を使って政治家を抱き込み、政治家に「特殊部隊には利点もあるのだから」とかいろいろごねさせて施行タイミングをいじった、という説(本法が議員立法*6ならこれしか考えられないが)。


もう一つ全く別の考え方ができる。「実施」あるいは「実行」のつもりで「施行」という用語を使ってしまった、ということだ。特殊部隊規制法にはおそらく、本法に違反する部隊に対し内閣が武装解除を命じることができ、あるいは他の強制力を用いて武装解除させることができる旨規定されているのであろう。この内閣の命令がなされたことをもって「施行」と言っていたのではないか。
もちろん霞が関でも「実施」の意味で「施行」という言葉を使うことはある。ある法律を日常的に運用する際に必要な事務的経費のことを「法施行事務費」と言ったりする。しかし「日常的な運用」は通常閣議決定されない。あくまで通常のお役所仕事の実行に過ぎないからだ。通常閣議決定される施行とは、法律なり政令なりに初めて効力を持たせることを言う(改正法ならば改正部分に効力を持たせること)。
しかしこれも疑問が残る。例えば先に衆議院が解散されたが、このとき用いられたのは日本国憲法第7条の規定であった*7

第七条

天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。

(略)

三  衆議院を解散すること。

この場合話がややこしくて申し訳ないが、「助言と承認」をするのは「内閣」であることに注意。内閣が何かをしようと思ったら、「閣議決定」が必要である。「閣議決定」をしようと思ったら「閣議」を開かなくてはならない*8
これに対し、例えば自衛隊法において、治安出動は

(命令による治安出動)

第七十八条  内閣総理大臣は、間接侵略その他の緊急事態に際して、一般の警察力をもつては、治安を維持することができないと認められる場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。

2  内閣総理大臣は、前項の規定による出動を命じた場合には、出動を命じた日から二十日以内に国会に付議して、その承認を求めなければならない。ただし、国会が閉会中の場合又は衆議院が解散されている場合には、その後最初に召集される国会において、すみやかに、その承認を求めなければならない。

3  内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があつたとき、又は出動の必要がなくなつたときは、すみやかに、自衛隊の撤収を命じなければならない。

と規定されている。「内閣」ではなく「内閣総理大臣」になっていることに注意。この場合閣議決定は必要でないと解釈するのが妥当だろう。治安出動や防衛出動は臨機応変にやらなければならないから、時間がかかる閣議決定ではなく内閣総理大臣の命令で速やかに行動が起こせるようにする、という立法趣旨だと思われる。
とするならば、治安出動と同様の性質を持つであろう「特殊部隊武装解除命令」に閣議決定が必要だとは思えない。しかし作中では臨時閣議でなんらかの決定を行っている(ニュース番組でそういっている。さすがに内務大臣が個人的会話で言い間違える可能性はあるが、ニュースは間違えないだろう)。どう考えるか。この場合の閣議決定は政治的セレモニーだと考えることもできる。つまり国家の重大事において、政治的に強い姿勢を打ち出すため、法政上は必要でない閣議を行った、ということだ(今まで自衛隊の治安出動の治安出動の例がないので今後どうなるかわからないが、もし治安出動を命じる際には何らかの閣議決定を行うような気がする。例えば声明とか)。
(追記:本件につきid:branchさんから「この場合の『内閣総理大臣は内閣の首長たる内閣総理大臣であり、治安出動命令の下令には閣議決定が必要とされている』という旨の御指摘をいただいた。というわけで「特殊部隊武装解除命令」にも閣議決定が必要である可能性が高い。ということは政治的メッセージ説ではなく、実際に法政上の必要から閣議決定を行ったものと考えられる。無精しないで文献調査及び自衛隊法制定時の国会議事録検索をしておけばよかった(笑))


さてここまで考えて、どう結論づけるか。もうわけわからん。特殊部隊規制法が施行されていなかったら臨時閣議を急遽開催したということ。施行と実施の取り違えだったら臨時閣議=政治的セレモニー。まぁいずれにせよ(議論が混乱したときに役人が好きこのんで使う用語。耳にしたら「なにがいずれなんだ」とつっこもう)上記の議論は現在の憲法・法律を前提としているので、攻殻の世界では違うんです、と言われればそれまでだ。しかし作中「自衛軍を巡る9条論議も出口が見えない」との表現もされており、現在の憲法が生きている可能性も高い。どっちなんだ。
いずれにせよ(またか)このような特殊部隊規制法と臨時閣議をめぐる若干の混乱は本作品の評価に致命的な傷を付けるものではなく、すばらしい作品であることには変わりない。まだ見ていない人はレンタルビデオで借りてみることをおすすめする。私はいまさらDVDを買うかどうか迷っている。

*1:本来ならばここに「平成十五年法律第○号」と書くべきところ、めんどくさいので省略(笑)

*2:このほか海上保安庁の存在が明らかになっている。現在海上保安庁国土交通大臣の傘下にあるが、治安関係の役所であることから、内務省の所属になったとも考えられる。

*3:通産省という名前は23話で登場したが、現存するかどうかはわからない。マイクロマシーンの所管が通産省から厚生労働省に移ったということが明らかになったが、「あの」通産省が成長産業であるマイクロマシーンをおいそれと厚生労働省に渡すとは思えない。とするともしかしたら屋久島幹事長は通産省自体を廃止し、権限を各省にばらまいたのかもしれない。実際の世界でも通産省不要論は根強い。

*4:前掲内閣制度ページhttp://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/1-2-5.html参照。

*5:閣議決定をするためには全閣僚の了承をとらなければならず(閣議は全会一致)、そのためには全役所がその法案を了承しなければならない。その際にいちゃもんをつけることも可能で、霞が関では日常的に行われている。

*6:議員立法とは国会議員が法案を提出すること、あるいはその結果成立した法律のこと。これに対し内閣が提出した法案は閣法と呼ぶ。

*7:7条解散が果たしてありかなしかといわれれば私はありだと思う。はてなでそんな議論をしている人はいないかしら…

*8:閣議」は「閣僚会議」の略ではないことに注意。もともとは「内閣会議」であったようだ(前掲http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/1-2-5.html参照)、現在は各種閣僚会議が乱立しており、それと閣議は厳密に区別される。この点「加持隆介の議」では混乱が見られた。