技術の実装・大事件後の役所の動き方

コメント欄にてR30さんから教えていただいたカトラーさんとこ経由で、たなかさんとこでこんな情報が。

ATSが旧型だったという件については、今回の事故回避という観点で言うと、全くといっていいほど筋違いのものです。

ATSには、大きくS型とP型があって、Sは赤信号を無視した場合にブレーキを掛けるもので、PはPatternの頭文字が示すとおり、列車の速度パターンが計算され、現示されている信号が守れない速度になると、自動的にブレーキが掛けられるものです。

先日の土佐くろしお鉄道のように、終着駅に向かって、青→黄→赤と遷移するような信号が設置されている場合には、減速が行われることから問題が無いわけですが、今回の場合は列車が遅れていたわけですから、恐らく信号は青を現示しているはずなのです。

すなわち、ATS-Pが備わっていても、JRの場合には、カーブが速度パターンに登録されていないため、結局ブレーキが掛けられることはありません。

私は、この新型ATSというのは、列車の詰まり方や制限速度情報を踏まえて、危険なときには減速するようなシステムだと思ってました。新幹線がそうだっけ?(それはATCでした。自動列車制御装置。ATSは自動列車停止装置。ちぃおぼえた。)

この情報を信頼するならば、北側国土交通大臣が言った「新型ATSの設置が終わるまで、宝塚線の再開は認めない」というのは何だったのか、意味ないじゃん、ということになります。
日経経由共同通信によれば、国交相はこんな感じで言ったらしいです。

国交相、運転再開には新ATSの導入必要・福知山線脱線事故

北側一雄国土交通相は2日、尼崎JR脱線事故が起きた福知山線の運転再開について「新型の列車自動停止装置(ATS)の導入が、運転再開の大前提だと思う」と述べ、現在の旧型ATSのままでは再開を認めない考えを表明した。

首相官邸自民党武部勤公明党冬柴鉄三両幹事長や細田博之官房長官と会談し述べた。北側国交相は記者団に対し「(福知山線の)新三田から尼崎まで新型ATSが整備されることが利用者の信頼を得るための一つのシンボルだと思う。しっかりやっていただかないと利用者の方も安心できない」と語った。

さらに北側国交相は「急カーブでの速度規制、運転士の教育の在り方、間隔が短いダイヤの問題など、こうした事故が二度と起きないような対策をしっかりと検討したい」として、さまざまな角度から再発防止に取り組む意向を示した。

ATSには赤信号の時に列車を自動的に止める機能にとどまる旧型と、決められた速度以上になった際にブレーキをかける機能も付いた新型がある。〔共同〕 (23:00)

さて、どう判断したものか。共同の記事の末尾には、「決められた速度以上になった際にブレーキをかける機能も付いた新型がある。」とのこと。Wikipediaの自動列車停止装置によれば、

地上子から電気信号を受信した列車は、停止現示の信号機やカーブなどの速度制限までの距離に応じて、その列車が停止・減速できるパターン(列車が制動を開始してから停止・減速するまでの速度変化を表す曲線グラフ)を作成・記憶する。作成したパターンを超える恐れがある場合は「パターン接近警告」を運転士に通知する。パターン速度より速度が超過すると、常用最大ブレーキをかけて信号機の手前で列車を停止させる。速度照査は改良形ATSのような点制御ではなく、作成パターンを元に常時速度照査をしており、信号冒進は理論上発生しないため非常に安全性の高い方式である。

うーんとつまり、概念としてはカーブのパターンを覚え込ませて、それに従い列車を停止させることができるけれども、JRのシステム・運用・コストその他の関係で、カーブのパターンは現在のところ実装されていない、ということなのでしょうか。教えて鉄のエロいひと。


もしカーブのパターンが実装されていないとするならば、国交相の発言は何だったのでしょうか。いくつか可能性が考えられます。私は鉄道局の内部情報を得られる立場におりませんので、以下は完全に憶測です。

  1. 国交相は、今までシステム上実装「できなかった」カーブのパターンを含め、JRの現行「新型ATS」を超える新たなATSを宝塚線に設置することを要求した。
  2. 実はカーブのパターンもシステム上比較的容易に実装できたのだが、今までコスト・運用等の関係で実装「していなかった」だけ。よって、今回はそれもやれよ、と要求した。
  3. 共同通信その他のマスコミが、ATSとATCを聞き違えた。
  4. 国交相は、事前に十分なレクを受けていたにもかかわらず、あるいはレク情報の膨大さから、あるいは時間等の関係上十分なレクが受けられず、実はATSとATCを勘違いしていた。
  5. 国交省の事務方が十分に検討した見解ではなく、国交相の「アドリブ」だった。
  6. 国交省の事務方が、実は新型ATSについて熟知しておらず、新型ATSを導入すれば事故の再発が防げると考えていた。
  7. 実のところ新型ATSは今回の事故を防ぐのには全く役に立たないが、とりあえず設置しろ、ということを要求した。

1の場合、6月末を予定していたという新型ATSの設置は、システムの根本から見直さねばならず、とてもその時期には設置完了・運転再開ということにはならない。2は実現可能性が高く、あり得る。3は、すべてのマスコミが勘違いすることは確率からいって考えられない。4及び5は、この発言が官邸での政府与党高官による協議の後になされたものであることから、新型ATS問題は事務方の十分な検討ののち協議の場で確認された事項であることが予想され、あり得ない。さらに4については、国交省の意向を受けてJRが「新型ATS」の設置を早急に行う方向で動いているので、二重の勘違いはあり得ない(国交相発言だけでなく、国交省の事務方からJRに何本ものルートを通じて伝達されているはず)。また5のアドリブだったとしても、政治家の許容範囲の発言は絶対命令として実行する事務方が存在する以上、実現する可能性が高い。

というわけで、2が一番有力な気がします。


さて、6と7です。実はこれらもあり得るのではないかという気がしています。
6は致命的で、多くの専門家を抱えている国交省ではあり得ないと信じたいです。
7について。国交省としては、もちろん事故の再発防止や原因究明も大事だけども、重要な交通路である宝塚線の早期復旧にも重大な関心を抱いていると思われます。しかし、単に4月25日以前に復旧するだけでは、再発防止を担保できません。そもそも航空・鉄道事故調査委員会の原因究明にはそれなりの時間がかかるはずです。会社の体制や運転士の資質はもちろん問われるべきですが、一朝一夕に変わるものではないでしょう(当然のことながら法令に基づいて改善計画を報告・実行させるでしょうけども)。再発防止を担保するものが何もない状況で運転再開を認めれば、「国交省は何をしている」という批判が殺到しかねません。
そこで、実は役に立たないんだけども、物理的な、人間よりは信頼の置ける機械であるところの、しかも「新型」のシステムを導入させることによって、エクスキューズにしようとしているのではないか。
国交相の発言も気になります。曰く「新型ATSが整備されることが利用者の信頼を得るための一つのシンボルだと思う」。シンボルという言葉にそれほど深い意味はないのかもしれませんが、悪意を持って解釈すれば、新型ATSは単なる「象徴」「飾り」ですよ、と読めなくもないです。もしも7の場合、国交相国交省は、「とりあえず体裁を整えて我々にエクスキューズをくれれば、運転再開を認める」というメッセージを発したことになります。
大山鳴動して鼠一匹というやつですが、何か問題が起こったときに、とりあえず体裁を整えて…ということが、役人の行動様式としてないとはいいません。例えばうわなにをするやめr(またこれか)。問題の再発確率が無視できるほど小さかったり、あるいは問題を根本的に解決するためには莫大なコストがかかり、とても政治的・経済的・法制的にフィージブルでない場合には、効果が薄くてもとりあえず「シンボル」的なことについて「改善」するという手法。
まあ以上は私の妄想ですので、今回の件は「2」だと信じております。