カイワレ裁判について

昨日の日記について、生物系の人さんや物理系化学系疫学系の人さんなどからコメントをいただきました。地学系の人からのコメントはありませんでした。いやそれは別にいい。
これは役所にとって非常に重大な問題なので、ちょっと調べてみました。

裁判要旨  :

厚生大臣(当時)が,貝割れ大根が集団食中毒の原因と断定するに至らない調査結果にもかかわらず,記者会見を通じ,食品関係者に「何について」注意を喚起するかなどについて所管行政庁としての判断等を明示せず,曖昧な調査結果の内容をそのまま公表し,かえって貝割れ大根が原因食材であると疑われているとの誤解を広く生じさせ,市場における評価の毀損を招いたことは,国家賠償法1条1項にいう違法な行為に当たる。

新聞各紙でも触れられていましたが、このようなことを公表すること自体は高裁も評価しているものの、問題は「公表方法」にあると。そこで以下、東京高裁判決の関係部分を抜粋してみます。

本件各報告は,原因食材の観点から調査の結果を分析しており,その分析及びこれにより得られた結論には合理性を認めうるが,学校給食に関してのみ本件集団下痢症の大量発生を見た原因についての検討は不十分であったという他ない。

本件各報告の公表は,本件集団下痢症の原因が未だ解明されない段階において,食品製造業者の利益よりも消費者の利益を重視して講じられた厚生省の初めての措置として歴史的意義を有し,情報の開示の目的,方法,これによる影響についての配慮が十分であったか,疑問を残すものの,国民一般からは,歓迎すべきことである。

本件各報告の公表は,これをすること自体は,情報不足による不安感の除去のため,隠ぺいされるよりは,国民には遙かに望ましく,適切であったと評すべきで,この点も,違法とすべきものではない。

報道機関は,総じて,中間報告の内容を正確に記事として報道している。中間報告は,科学的な調査と分析であり,厳密に表現する必要に迫られ,断定を避けた曖昧とも見える表現が用いられるなど,正確を期すために,かえって読者による的確な理解が妨げられる表現及び内容となっていると認められる。実際にも,中間報告においては,貝割れ大根について,原因食材と「断定できないが,可能性も否定できない」としており,原因食材であると「断定できない」と否定的判断を示しながら,「可能性も否定できない」という表現を付加して,読み方によっては,本件集団下痢症の原因食材である疑いを抱かれていることを明らかにする内容である。

しかしながら,「一般消費者や食品関係者に対して注意を喚起することによって,食中毒の拡大・再発の防止を図」る目的は,調査報告書の内容を正確に伝えるだけの,いわば取捨選択及び評価を情報の受領者に委ねる方法によっては,必ずしも達成できるものではない。

しかしながら,【要旨】本件において,厚生大臣が,記者会見に際し,一般消費者及び食品関係者に「何について」注意を喚起し,これに基づき「どのような行動」を期待し,「食中毒の拡大,再発の防止を図る」目的を達しようとしたのかについて,所管する行政庁としての判断及び意見を明示したと認めることはできない。かえって,厚生大臣は,中間報告においては,貝割れ大根を原因食材と断定するに至らないにもかかわらず,記者会見を通じ,前記のような中間報告の曖昧な内容をそのまま公表し,かえって貝割れ大根が原因食材であると疑われているとの誤解を広く生じさせ,これにより,貝割れ大根そのものについて,O-157による汚染の疑いという,食品にとっては致命的な市場における評価の毀損を招き,全国の小売店貝割れ大根を店頭から撤去し,注文を撤回するに至らせたと認められる。

食品を扱う小売店は,記事に接し,僅かでも危険のあるものを避けるため,貝割れ大根を店頭から撤去する等の行動に出たものと解され,中間報告の内容との関係においては合理性を欠くと評せざるを得ないものの,記事に基づく行動としては,無理からぬものがある。小売店の行動は,小売店に責めがあるのではなく,一般消費者及び食品関係者に対して注意を喚起すべき点を明らかにしないまま(検討されたかどうかも,疑わしい。),厚生大臣が,正確な公表の名の下に,中間報告から得るべき情報の解釈を報道機関,視聴者及び読者にいわゆる丸投げしたために生じたと評せざるを得ない。

よく分からなくなってきました。「貝割れ報告」は「不十分」であったが、「隠蔽されるよりは公表した方がよかった」となっています。しかしながら、そのような報告を「取捨選択及び評価を情報の受領者に委ねる方法」で行ったのがよくなかったと。
原判決の他の部分を読むと、記者会見という方法によったことが問題のようにも読めます。しかし記者会見だろうが資料配付だろうが、公表した方がよかったという中間報告の「曖昧な内容」は、変わらないように思えます。
結局裁判所が問題だと思っているのは、「厚生大臣が,正確な公表の名の下に,中間報告から得るべき情報の解釈を報道機関,視聴者及び読者にいわゆる丸投げしたために生じたと評せざるを得ない」ということなのでしょうが、しかし情報の解釈は最終的には受け手に委ねられるのが普通です。それに不十分で曖昧な報告書の内容を正確に「不十分で曖昧である」として発表すれば、それは結局のところますます情報の受け手の解釈を許すことになります。
となると、行政機関としては一体どうすればいいのか。はっきり言ってよくわかりません。原判決は、「(中間報告)に基づき「どのような行動」を期待し,「食中毒の拡大,再発の防止を図る」目的を達しようとしたのかについて,所管する行政庁としての判断及び意見を明示したと認めることはできない」としているので、行政機関は国民にどのような行動を期待するのかを明示することが必要であったように思えます。厚生労働省によれば、o157対策はこんな感じ。

O157はサルモネラ腸炎ビブリオなどの食中毒菌と同様加熱や消毒薬により死滅します。したがって、通常の食中毒対策を確実に実施することで十分に予防可能です。

「貝割れが原因かどうかは断定できないが否定もできない」という中間報告なので、「国民各位におかれてはいたずらに不安を感じず、貝割れ大根は加熱するか消毒薬を振りかけた上、通常どおり摂取しても差し支えない」と発表すべきだったのか(「よく洗う」でもいいのかな?)。加えて厚生大臣がカイワレサラダを食べながら中間報告発表の記者会見をする(笑)。たぶん裁判所が期待しているのはそういうことじゃないでしょうか。しかし貝割れ大根原因説については「可能性を否定できない」のであって、前述のように発表したとしてもサラダ等の生食用貝割れ需要が激減することは目に見えています。それについて損害賠償訴訟を提起された場合、果たして国の責任は回避されるのでしょうか(「よく洗う」が解決策になるのであれば、責任は回避されそうです)。
もし仮に、「加熱する」「よく洗う」またはそれに類する家庭で簡単にできるO157対策がない場合、この判決の趣旨に則って国が責任を回避しようと思ったら、「原因が確定するまで公表しない」という、薬害エイズ等でも問題になった行動様式を取らざるを得ないのではないか、という思いがします。特に本件については最終報告に至るも「貝割れ大根犯人説」は確定できなかったので、一切発表しないということに。いや違うか、中間報告の公表自体は妥当なんだから、対策がなければその時点で国の責任はなくなるのか。国民に期待する行動は「貝割れを食うな」ということだから。違うか。わけわからん。
こういう場合に業者に補助金出せばいいのか。政治的にフィージブルでないような気もするけど。


しかしまたこの原判決がすごい。こんな文も。

有毒ガスにより自国民を虐殺したとされる他国政府の例に加え,有毒ガスにより無差別殺戮を実行した我が国のカルト集団等の例に接しては,無法国家やテロ組織による生物化学兵器による攻撃も,杞憂とばかり言い切れず,昨今の原因不明の疾病の蔓延という異常事態の発生(公知の事実)を目の当たりにすると,我が国の国家としての危機管理の有り様が問われている感を強くする。生物化学兵器等の人為的なもの,又は疾病の蔓延等の人為的でないもの,いずれであれ,国民の生命,身体に危険を及ぼす異常事態に対しては,国家及び政府は,国民に負託された任務の遂行として,事態を科学的に解明し,これに基づく適切な対策を講ずることが求められる。事実の隠ぺいは,事態の悪化を招くに終わるのが常である。殊に,疾病の場合においても,法制上,患者を隔離し,治療と病気の蔓延の防止に実効のある措置を講じることの困難な我が国においては,事態の悪化を防ぐ方策は,原因が究明され,有効な対策が講じられるまで,国民に正確な情報を開示して事態を理解させ,その理性的な対処に待つ他ないのが実情である。

生物化学兵器云々なんて、カイワレ訴訟に必要なのか(笑)。