イラク問題、あるいは国際貢献に対する私の基本的立場

id:eyck:20031201にてご要望をいただいていたにもかかわらず、すっかり遅くなってしまった。しかも政府は自衛隊派遣を決めてしまったようなので、すっかり時季はずれではあるが、一応述べておきたい(ようなので、というのは、まだ派遣時期を先送りするとか、そのままどさくさで派遣しないというウルトラCがあるから)。
まず、私の主張をまとめて書いておく。

  • 国際貢献は重要であるが、最終目的を見失ってはならない。
  • イラク戦争には「大義」がある。しかし「大義」なんて飾りです。内閣のえらい人はそれがわかっているのです(たぶん。いや、わかっていてくれ)。
  • 米英によるイラク戦争を支持した日本政府の反応には、賛成である。
  • 自衛隊イラク派遣には、賛成である。

従来の私の主張を変更した部分もある。以下、展開する。

  • 国際貢献や、それを含む外交は重要であるが、最終目的を見失ってはならない。

私は、国際貢献は重要だし、その形態は様々であり、必要ならば、そして適任ならば自衛隊を出すべきだと考えている。なぜ国際貢献が重要なのか、日本のためだからである。
いきなり脱線するが、企業の社会貢献は、その企業のためになるから正当化されると思う。社会貢献による企業のイメージアップ、あるいは市場の開拓・拡大を通じて利益の増大が見込めるからこそ利益をつぎ込んでいいわけであって、そうでなければ背任で株主代表訴訟を起こされても文句は言えない。企業がそれをそうと言わないのは、「自分のためにやってます」なんて言ったらイメージアップにならないからだ。かつて、バブル期以降いろんな企業がしきりに社会貢献を唱え始め、さまざまな施策を打ち始めた頃、任天堂の山内社長(当時)は、「ゲームを作ることこそが任天堂の社会貢献であり、社員のボランティア休暇といったものは必要ない」的なことを言っていた(と本で読んだ記憶があるのだが本当にそうだったかどうかはっきり思い出せない)。企業の社会貢献の本質を突いた言葉であり、そして自社の事業に絶対の自信を持つ誇りある経営者の姿である。
(余談だが、もしファミコンがなかったら、日本でのPCリテラシーはかなり低いものであったのではないかという気がしている。高齢の方でウィンドウが重なっている、あるいはウィンドウの後ろにウィンドウが隠れているということがなかなか理解できない人がいる。しかし、例えばドラクエをやったことのある人間なら知らず知らずにウィンドウの概念を理解している。幼少の頃からファミコンで鍛えているからこそ、今自由自在にPCを扱える面もあるのではないか。そしてそれは任天堂の偉大なる社会貢献と言える。)
話を戻すが、政府による国際貢献も企業による社会貢献と同様の意味を持っていると思う。国際社会での日本の立場を向上させ、日本の発言力を増すこと、そして増加した発言力で日本に有利な情勢を作り出すこと。貢献先地域の安定により、資源確保・市場拡大をもたらすこと。これが国際貢献の目的である。もちろんそんなことは表だって言えないが。

  • イラク戦争には「大義」がある。しかし「大義」なんて飾りです。内閣のえらい人はそれがわかっているのです(たぶん。いや、わかっていてくれ)。

イラクについてである。よく「石油確保のための戦争・占領反対」「イラク戦争には大義がない」と言う人がいる。しかし、当然、アメリカだって何もイラクの石油をタダで奪ってこようなんて考えていない。アメリカにとってのイラク戦争のメリットは何か。当然石油もその一つではあろう。中東地域でアメリカ主導による秩序ができれば、長期的には中東からの石油供給に対する影響力を強めることができ、それは石油の安定供給確保やアメリカの石油会社の利益に繋がるであろう。アメリカでは、原油価格の値動きがかなりダイレクトにガソリン市場価格に反映されると聞く。そしてガソリン価格の値上がりは、車社会のアメリカでは相当効くだろう。原油の安定供給確保は、市民生活を安定させることに繋がる。アメリカ国民の幸せを第一目標とするアメリカ政府としては、中東地域における戦略的行動はアメリカの利益からして正当化される。象徴的に「ラムズフェルドの石油会社を儲けさせるため」と言われるが、もちろん「ラムズフェルドの石油会社」も儲かるだろうけど、アメリカ国民全体の利益になるのだ。「世界の安定と平和のため」とか「民主主義と自由が云々」とか「テロに対し断固」とかいう「大義」はエクスキューズだ(テロ根絶はダイレクトに利益か)。
そして「大義」は企業にとっての「社会貢献」を巡る言説と同じで、説得力があるかどうかは別として、実質的な意味とは違う場合も多い。作文の世界である。
だから、アメリカ国民の幸せを第一目標としていない世界各国が反発するのは当然である。フランスは強硬にイラク戦争に反対した。フランスにとっての利益がどこにあるのかはよく知らないが、しかし、もしイラク戦争がフランス国民の幸せに繋がるのならば、フランスは大賛成だっただろう。中東地域におけるアメリカの立場向上がフランスの利益を害するので、フランスは反対したのだ。

  • 米英によるイラク戦争を支持した日本政府の反応には、賛成である。

日本はどうか。私は、次の二点からイラク戦争を日本政府が支持したことに賛成である。一つは、日本の石油の安定供給確保に繋がること、もう一つはアメリカに対するメッセージである。
言うまでもなく日本は、石油のほとんどを中東地域に頼っている。そして石油がなければ、日本の経済活動や市民生活はとんでもないことになる。しかし、歴史的に見ても、また軍事力の点から見ても、日本独自の力で必要な石油の全量を確保することはできない。当面アメリカの構築する世界秩序についていくしかないのだ。そしてイラク戦争によってアメリカが中東新秩序の構築を開始した以上、それについていくのが日本にとってのメリットであると考える。
また、アメリカは日本の最重要貿易相手国であり、さらにアメリカの東アジアへのコミットメントは日本の安全保障上必要である。貿易の点でいえば、東芝ココム事件の時のように日本製品排斥運動が起きたら大変まずいことになるし、また安全保障の点でいえばアメリカ国内世論が東アジアへのコミットを消極的に捉えるようになるとまずい。これを予防するため、アメリカに対し同盟国日本が積極的に協力していくことが必要である。
もちろん、企業の社会貢献と同じように、上記の理由は外には言えない。あくまで何らかの「大義」を立て、その後ろに隠すべきものである。国際社会に対しても言えないし、政府見解として国民に言うこともできない(言っちゃったけどね)。
こう考えてくると、「なんだ結局単なるアメリカ追随じゃないか」「アメリカがイラク戦争に突入する以前の段階でなにかやっておくべきではなかったのか」との批判があり得よう。確かに上記イラク戦争に対する対応は、もはや戦争が不可避、あるいは開戦してからの対応であり、本来的には戦争を起こさない外交、日本に有利な湾岸戦争後の中東秩序の構築へのコミットが必要だったのだろう。あるいはもっと前、オイルショック以降の外交に問題があったのだろう(「始まってますよとっくに。気付くのが遅過ぎた。柘植がこの国へ帰って来る前、いやそのはるかか以前から戦争は始まっていたんだ」(機動警察パトレイバー2 the Movie))。残念ながら、私にはどうすればよかったのかがわからない。日本にどういう能力があるのかわからない。ここで構想を広げられるほど知見も理念もなく、考えがまとまっていない(エネルギーの点で言えば、石油代替エネルギーが充実すれば中東にコミットする必要がなくなるのだが)。ここは率直に自分の勉強不足を恥じるところである。

さて、日本のイラク貢献策についてである。日本がイラクで復興支援を行うことについてはメリットがあると思うし(上記戦争支持のメリットと同様)、復興支援における日本の役割を否定する人は少ないだろう(それが政府によるものであれ民間企業やNGOによるものであれ)。自衛隊を派遣すべきか否か。自衛隊が適任であれば出すべきだと思う。なんせ自衛隊にはカンボジア等での復興支援の経験がある。それに、自前で活動のための、あるいは安全確保のためのインフラを一から構築して活動ができる組織は、日本には自衛隊しかない。無政府状態イラクにおいて、これは非常に重要なことだ(自衛隊に比べ、外交官等の政府文民レベルの活動や、民間レベルの活動はどうしてもより多く米軍に頼らざるを得ない。アメリカ批判をしつつ自衛隊派遣に反対する人にとっては皮肉なことだが)。また、軍の派遣はアメリカ等の諸国に対し、非常にアピール力が強い。
しかしデメリットも大きい。現にテロ組織は日本を名指しでテロ対象に加えているし、イラクの人々が日本の軍隊をどういう目で見るか、わかったもんじゃない。否定的に見る人も多いだろう。だが、メリットと比較してデメリットは大きいだろうか。もし米軍のイラク統治が完全に失敗に終わって、ソマリア状態になったら。中東の不安定さは増大し、それはまさに日本のエネルギー供給の不安定さの増大に繋がる。現に日本が多くの石油を頼るサウジアラビアも内政が非常に不安定である。私が思うに、それはテロ以上に恐ろしいことだ。
ではデメリットを減少させるにはどうしたらいいのだろうか。思うに、イラク国民を味方につければいいのだ。民衆の支持を失ったテロ組織は、単なる犯罪組織である。そうなったら、テロ組織は思うように活動できない(日本赤軍がそうだったように)。今こそ、故奥参事官がまいた「おしん」という種を積極的に活用できないだろうか。現地で放映されるおしんの冒頭で、小泉首相イラク国民にメッセージを送るというのはどうだろうか。例えばこんな風に。


イラク国民の皆さん、こんばんは。日本の首相、小泉純一郎です。
皆さんは、日本と聞いてどのようなことを思い浮かべるでしょうか。ラジオやテレビといった家電製品、あるいは自動車を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。そう、日本は世界第二位の工業国です。
しかし、かつて、日本国民はイラクの皆さんと同じような境遇だったと言ったら、驚かれるでしょうか。
60年前、日本はアメリカと4年間にわたる戦争をし、そして敗れました。都市も、工場も、鉄道も、道路も、完膚無きまでに破壊されました。しかし、日本はそんな状態から奇跡の復興を遂げ、アメリカに次ぐ、世界第二位の経済大国になったのです。
なぜそのようなことが可能だったのでしょうか。二つの大きな理由があります。
一つは、世界各国が日本を支援してくれたからです。例えば、破壊されたインフラの復興は、世界銀行の融資によってなされました。食べるものすら事欠いていた日本に、国連やアメリカが食料援助をしてくれました。世界中の国々が日本に支援の手をさしのべてくれたおかげで、日本は復興することができました。
二つ目は、日本国民が復興に向けて懸命に努力したからです。日本国民は、戦争をしない平和国家として、世界中に愛される国家として復興しようと、懸命に学び、懸命に働いたのです。
今、イラクの皆さんは非常に苦しい時期を迎えています。しかし、国際社会はあなた方を見捨てません。そして日本国民は、かつて世界中から受けた恩を、今こそ返すときだと考えています。
ご覧ください。これが日本の国旗、日の丸です。このマークを付けている人々は、イラクが平和で豊かな国家になるためのお手伝いをしています。我々には奇跡の復興の経験があります。その経験を生かし、皆さんのお手伝いをするために来ているのです。
まもなく日本の自衛隊イラクに到着します。しかし自衛隊イラクの皆さんを弾圧するためにイラクに行くのではありません。自衛隊は復興のノウハウを持っています。かつて戦乱に明け暮れていたカンボジアでも、自衛隊は道路の補修等の復興支援を行い、カンボジアの皆さんから大変感謝されました。その経験を生かし、イラクで皆さんのお手伝いをしたいと考えています。
日本国民の心は、そして国際社会は、皆さんとともにあります。一緒に素晴らしい国を作っていきませんか。日の丸をつけている人々は、そのような志を持っている。どうかそのことを覚えていてください。
小泉純一郎でした。


これを繰り返し繰り返し、おしん放映前だけでなくさまざまなチャネルを通じて、宣伝しまくるのだ。これでイラク国民が日本に理解を持ってくれると考えるのは、希望的観測に過ぎるだろうか。しかしやらないよりは断然いい。
日本にとって大きなメリットがあるイラク復興支援である。イラクが復興すればまた日本製品を大量に買ってくれるだろう。中東地域が安定すれば石油も安定供給されるであろう。
私は、このように考える。


さて、自衛隊の撤退条件を考えておく必要がある。総理記者会見を見ていたがこの質問は出なかったような気がする。本来、ことここに至った以上これが一番重要であるはずなのだが。
二点ある。一つは、米軍主体のイラク統治が崩壊し、米軍撤退等により治安維持がなされなくなったとき。もう一つは、復興が成功裡に進み、イラク政府の手によって一定レベルの治安が維持され、インフラが確保されるようになったとき。
米軍が崩れたとき、もはやイラクにいてはならない。自衛隊独自で自らの身を守ることは不可能だし、そもそも米軍撤退したようなところにいてもアメリカに対するアピールにならない。
また、イラク政府の手による復興がある程度達成されれば、その時点で自衛隊でなくても支援できるようになる。つまり、普通のODAによる支援が可能になるのだ。


イラクは危険だ。すごく危険だ。自衛官が死ぬかも知れない。正当防衛でテロリストを殺すこともあるかもしれない。巻き添えでイラク一般国民を殺すかも知れない。非常に重大な局面である。来年は戦後最大の転換点になるかも知れない。我々国民は、目を見開き、耳をそばだて、頭をフル回転させて、この状況に注目しなければならない。何を考えるのか、そして何を生み出すのか。来年は、それが問われる。