知的財産戦略本部における中山教授発言、及び審議会一般について

岡田裁判官のblogbenli真紀奈17歳The Trembling of a Leaf等で取り上げられている。改めて採りあげる。まず、長いが中山教授の発言を全文引用する。

○中山本部員 大学問題についてお話をするという話がございましたけれども、大学に関しましては、既に本会議で何回も申し上げております。今日はちょっと違うことですけれども、事務局の在り方について、余りにも独善的であるので、ちょっと異議を申し述べたいと思います。

 私は本部員として、専門調査会でメンバーである必要はないのですが、オブザーバーとして意見を述べたいと申し上げておりましたけれども、一切拒否されております。その理由は官邸の意向であるということでございます。私、まさか総理の意向であるとは考えていないんですけれども、いずれにいたしましても、事務局にはまともに議論をしようという真摯な態度がどうも私には感じられません。 したがって、この報告書には私の意見は反映されておりません。こういうことでは、私は本部員を続けている意義はないと考えております。

 1例を挙げるならば、先ほどから議論になっている知財高等裁判所でございますけれども、独立した知的財産高等裁判所という特別裁判所をつくるということは、職分管轄を始め、うかつにつくりますと、極めて使い勝手の悪い制度になるわけでございます。したがって、十分な議論をしなければいけない。今、議論をされておりますように、侵害まで扱うような特別裁判所につきましては、世界でも類を見ない新しい制度であります。

 したがって、私はどうしても申し上げたいことはたくさんあります。単に知財だけではなくて、これは法務大臣おっしゃったとおり、司法制度・裁判制度全般に関わる問題で、幾らでも意見を申したいことはあるんですけれども、本部員として意見を述べることは、先ほど言いましたように、禁じられております。

 私個人の意見が封じられるなら大した問題にないのですけれども、実は多くの弁護士や裁判官や研究者等々の、知財の専門家に対して議論をする場、あるいは議論をする時間が全く与えられていないということが最大の問題だと考えております。

 今、行われているような世界に例を見ないような大きな知財改革を行うに際しまして、これほど短い時間で行うという例も私は知りません。 例えばアメリカにおきましては、数年をかけて、各界の議論を基にして、特許裁判所は弊害が大きいということで、特許裁判所に代わってCAFCをつくったという経緯がございます。

 そもそも知財の改革というものは、大きな政治問題になるような性質のものではありません。要は裁判が迅速・的確に行われるとか、あるいは質を確保しつつ、迅速な特許審査が行われるか等々といったような非政治的な問題でありまして、これは学界を始め、多くのところで詳細な議論をしなければならない問題であると考えております。

 世界中でも知財の改革というのはありますけれども、その結論は別といたしまして、学界とか法曹界において、多くの徹底した議論がなされて、その議論の後を後世に残す。それが世界の知的な資産になっているわけであります。

 仮に今の改革ができたといたしましても、現実に裁判等々を運営していく知財の専門家から、これほどまでの怨嗟の的になっていて、果たして実効性のある改革ができるかという点を私は非常に危惧しております。

 5月にこの本部会でも申し上げましたけれども、事務局はあくまでも本部の事務局でありまして、事務局自体が特定の見解、特定の案に固執するとか、特定の本部員を排除して、政治家や財界のトップと話しをつけて決着をするというたぐいのものではないと私は考えております。 時間の関係でこれ以上詳しいことは申し上げませんけれども、とにかく急ぐだけが能ではないわけでありまして、各界に十分議論をする機会と時間というものを与えてほしいと思います。

 私にとって、先ほど言いましたように発言の機会は今日しかないわけであります。したがいまして、私としていたしましては、重大な決意を持って申し上げているわけでありまして、総理としても、重みを持って受け止めてもらえれば幸いでございます。

 以上です。

中山信弘教授といえば、日本で知的財産を扱う人間なら知らぬものはない大家。ここで言う「重大な決意」とは、常識的に考えればもちろん本部員を辞任することを意味し、そうなると知的財産戦略本部の威信・権威はがた落ちである。
もっとも、教授の発言に全面的に同意するわけではなく、例えば、このような会議の決定、あるいは役所の各種の決定はことごとく政治的であり、高度に政治的だからこそ総理出席の会議で議論がなされているわけで、ここら辺の教授の政治感覚は疑わざるを得ない。しかし、全体として見れば、例えば知財高裁に対する問題提起など大いにうなずける部分が多い。
私はこの会議を傍聴していないが、なんとなく議場は静まりかえった後にどよめいた、という様子が想像できる。予想外の発言で福田官房長官も焦ったのであろう。司会を務める彼のまとめの言葉は以下のとおり。

福田内閣官房長官 どうもありがとうございました。

 ほかに御意見を伺おうと思ったんですが、時間がなくなってしまいましたので、これで打ち切らせていただきます。

 また、中山本部員の話は、また後ほどお伺いしますので、よろしくお願いします。

 それでは、これから小泉総理から御発言をいただきたいと思います。

平場で議論すると大変なことになると思って、とりあえず会議を閉めてから議論しましょうと、こういう事だ。
知的財産についてはあまり知見を持たないので深くはつっこまないが、知的財産戦略会議のようないわゆる「審議会」について若干述べておこう。
まともな役人なら審議会の法的根拠から話を始めるはずだが、めんどくさいから省略*1。古典的に、要は役所の隠れ蓑、泊付けに過ぎない、ということが指摘されている。官僚だけで考えると批判されるので、学会や消費者団体や業界から幅広くご意見を拝聴し、ご議論いただいたのですよ、という形を作るのだ(だから中山教授が抜けるということは、学会がこの会議に疑義を唱えているということと同義であり、この会議の結論として出てくる政策の根拠を大いに疑わしくするものである)。
本来的にはこの機能は国会が担うべきものだと思うのだが(審議会の結論=政策は、多くの場合、法律案という形で世に問われることになる)、今の立法府・行政府の関係からしてそういう風にはできていない。国会でも公聴会をやるが、形式的なものにとどまっている。もっとも、自民党の部会では専門家を呼んで意見を聞くことはしているから、政治の場で全くそのような議論がなされていないというわけではないが。
さて、審議会隠れ蓑説に立って考えれば、実質的な政策立案機能は当然の事ながら事務局=役所が負うことになる。以前パブリックコメントの有用性の議論があったが、そこでbewaadさんが指摘されているように、役所は相当広範囲な政策オプションを検討し、その実現可能性やコスト、政治状況等を勘案し、ある政策を立案している。事前にその問題に通暁する人物に意見を聞いたりもしている。よって、たとえ会議の場でで色々意見が出たところで、あるいはその後のパブコメの段階で意見が出たところで、それに対する反論は十分に用意しているし、よって「事務局の案」が揺らぐことはそうそう多くはない。
「そうそう多くはない」理由としては、役所がものを考えているということの他に、しっかり「根回し」し、その際に意見を収集していることが挙げられる。重要な審議会の開催前には、事務局案を各委員に「ご説明」に伺い、その際にあらかじめ反論の芽を摘んでおく。またこの際委員から重要な指摘がされることもあり、それを踏まえて修正がなされることもある。根回しは一般に悪いことのように思われるが、会議の時間も限られており(出席委員は多忙だ)、議論の焦点を絞るために重要な手法である。
会議の場で事務局の案が揺らぐことは「そうそう多くはない」が、ないわけではない。しかしその場合でも、政策の根本を揺るがすというよりは、説明資料の書きぶりとか枝葉末節であることが多い。
(ただし、審議会の中でも専門的な事項を扱うものについては実質的議論がなされることも多い。また、事前根回し段階の委員からの意見(さらに言うならば、政治家の意見)によって事務局案が構成されていくこともあることから、「審議会隠れ蓑説」が絶対的に正しい、というわけではない。)
さて、これらの審議会についての特徴を踏まえ、今回の「中山教授事件」をどう考えるか。普通の役人の考え方ならば、これは根回しの失敗及び戦略本部決定の権威失墜ということで大問題である。前述したように、そもそも審議会の決定=政策はほとんどすべてが「事務局」の作品なので、会議の場においては、いかにそれを気持ちよく審議してもらい、そしてスムーズに賛同を得るか、ということが問題となる。そのために事前に周到な根回しを行い、委員の先生方の意見も踏まえ案を作成するのが常である。しかし、今回はその合意形成に失敗した。しかも総理出席の会議の場での失敗である。役人としての失点は大きかろう(これが荒井事務局長のせいなのか、事務局の課長クラスのせいなのか、はたまた経産省主導を嫌う他の役所の策謀かどうかはわからないが)。
また、もしこのまま事務局案を通そうとすれば、中山教授の委員辞任は不可避である。そうするとこの戦略本部の決定の権威は失墜する。行政法の議論をするのに塩野先生又は小早川先生又は森田先生がいなければ話が始まらないように、商法の議論をするのに神田先生又は江頭先生又は岩原先生がいなければ始まらないように、また会計の話をするのに斎藤先生がいなければ始まらないように、知的財産法の議論をするのに中山先生ははずせないのである。法曹界からの評判は悪くなるだろうし、国会審議で民主党に格好の批判材料を与えることになる。
知的財産推進本部事務局、及び関係各省が今どのような調整を行っているのかは知らない。必死で事態収拾を図っているか、開き直って原案で各委員に根回ししているか。しかし、事務局及び関係各省の第一線で、馬車馬のように働いているであろう課長補佐以下の職員に対しては、何はともあれとりあえず「お疲れさん」と言っておきたい。

*1:「まともでない役人には、二種類の人間しかいないんだ。悪党か正義の味方だ」(後藤喜一機動警察パトレイバー2 the movie) もっとも、私は単なるダメオタク役人だが。